「ラクス、最初あれだけ恥ずかしがってたのに慣れたよね」 向かい合わせたキラがふう雲を吹くと飛散した泡沫が空中に揺れるのを紫が追う。 湯の温度は熱すぎず温すぎず、結果的に長時間入浴するにも上せもせずと、最適の調整具合にラクスは泡むくにぶくぶくと顔を少し埋めることで無言の批難を浴びせた。 「いや、そりゃ僕も恥ずかしがってだけど?…さすがに」 洗髪し、水分を纏い肌に張り付く甘栗色を散らせながら事もなく言い放っているキラも今でこそ平然と口に上らせるがそれは初回時にはガチガチに緊張していたものだ。恋人とはいえ、普通は、というか彼らの年齢、異性同士という時点で既に気恥ずかしい。状況的に風呂=裸であり、いくら愛とか恋とか恋人だとか、倫理的に許される関係であるとはいえ、やっぱり植え付けられた羞恥心というものは根深いらしく状況が状況ではなければ二人は人生初の恋人とのデートとも紛うべき可愛らしい緊張のしようだった。 ラクスは飄々と泡の柔軟を楽しむキラに痺れを切らせて、ようやく浮上する。彼女もまた手のひらに泡を乗せて 感触を弄ぶ。いかにも物言いたげな表情である。 「キラが言い出したとき、とても不埒なものを感じました」 恥じらいながらも瞳に宿る輝きには期待感が透けて窺えたし、それがラクスの中の何かを怯ませたことも、彼女は明確に気がついてはいない。 「不埒って……そりゃあ。僕、男だし」 「キラ!」 「そんなに言うの?うーん、…じゃあちょっと、僕の意見も聞いてよ」 さも当然とのたまうキラにも言い分はあるのだ。 ラクスの声を気にも留めず、胸をそらして尚言い募る。 「ラクス綺麗だし、…てか可愛いし。なんか場所が限定されちゃったり時間がどうこうってのも勿体ないかなーなんて思ってたんだ。ほら、君とまったりしたいっていうか…」 「…〜っ、あ、あなたはどうして〜」 もう少しオブラートに包んで言えないのかとラクスが血色の良い顔で糾弾すると、頬を掻いて否定もせず「ホントなんだからしょうがないよ」とへらっと笑うキラは、ますますラクスの機嫌をくすねていく。 「でも、ラクスも楽しみじゃない、訳じゃないでしょ。僕と入るの」 「………………だから困るんです」 蚊の鳴く声で呟いたので、 「え?」案の定彼は聞き取れなかったらしく、気難しげな顔をした。 「いえ。何でもありませんわ」 少し含みのある言い様でキラがむくれるのを、ラクスは微笑みで撃沈させる。何しろ聞こえぬように言葉にしたのだ、むしろ耳にでも入ってしまえばこの後どうなるかは容易く想像ができたし、そんな様相を今日こそは回避しなければと泡の中で決意を固める。 不自然に深夜、ラクスを抱えたキラがマルキオ様に「上せたみたいで」と嘘でもなんでもない心配をかけたり男女二人、如実過ぎる不審な行動を後々、「いつも仲がよろしいのはいいことです」と 素直な微笑を受けたりすることは、もう勘弁願いたい。 子供たちに彼の母の前で不審な行動をネタに冷やかされでもした日には、散々な状態に追いこまれてしまうに違いない。 「二人きりの時間を過ごせる、というのは嬉しいのですが…」 「でしょ?まあ、なかなか賑やかだからそんな時間も取れないしね」 多少の譲歩に気を良くしたキラがこれ好機!とばかりに畳み掛けてくるのを苦々しく感じながらも とりあえずは嘘ではないので、こくりと頷いて彼の機嫌を取っておく。 損ねたままにしておくと中々落ち込みが激しいキラだ、そういった場合の居た堪れない上に容姿や持つ空気が柔らかく、愛らしい彼に惹きこまれてしまうとラクスは弱いのだ。性質が悪い。 完膚なきまでに好きなのだ、と愛情を実感する瞬間でもあるが、本人が聞けば怒り出しそうだが微妙に「子犬みたい」というニュアンスも含まれている。(しょぼしょぼした悲哀を湛えた目がなんとなく似ているのだ) ぶくぶくぶく。 泡の匂いが色濃いなあと気がついてきたときに、キラの一声が飛んだ。 「ラクス、あんまり沈むと上げてる髪についちゃうよ?」 腰を上げてキラが接近するのを、ラクスはようやく思考から脱し、きょとんと見上げるとキラは難しい顔をして桃色の髪に触れた。狭まる距離。 「…ごめん。その、あんま無防備な顔ばっかしないでほしい…かも…」 「むぼうび?」 二つの地球が揃いも揃って困惑を示したので、キラはなんというか、もがもがといいあぐねる。 「いや、だから。それだって…」 失笑交じりにあやふやにしておいてから既に付着してしまった泡から結い上げ留めた髪を救出し、指でなぞり取る。 「これはダメだね。も一回シャワーで流した方がいいかも」 「あらあら…」 ラクスが白い肩を泡から突出させ、ふいに泡をのせた細腕を後ろ髪に伸ばす所作を取ると、 キラの目の色が一変する。 彼女の綺麗な鎖骨が浮き出、出来上がった溝に泡がなぞられて水分を含んだ湯に照らされる。 誘われるまま下へ下れば、泡よりも白いのではないか、というほどに白磁の柔肌は徐々に膨らみを帯び、吸い付く心地は、よくよく馴染んだ至上の幸福を齎すもので。 唾液を喉に下した。目を細め、心が誘惑に足を取られる。底なし沼、ラクスという名の甘美な麻薬。愛は依存症に似ている。一度嵌ったら抜け出せぬ、地獄のごとき天国。 理性の歯車の回転が狂っていくのを、噛み締めながらもそれでいい、と彼は最後の了承を与えた。頭にあるのは最もシンプルな回答のみ。ならば突き進めばいい。選択肢は一つだけ。 「じゃあさ。もうどんだけ泡ついてもいいよね?」 キラはラクスを檻に投獄するよう、彼女の肢体を長い足で囲いバスタブに足をのせる。 妖艶な笑みを噛み砕いて、キラは紅く染色した彼女の頬から顎に無骨な指で弦を紡ぎ、やがて無事着した唇を親指で感触を確かめた。 ラクスは、何も言わずかかる影を静かに甘受し、瞼を伏せる。 /風呂 ------ すみませ…! 手の中の泡が入りきりませんでキラが暴走してしまいました。キーラー!!(笑) もうなんだかいちゃつきというより、エロ文で(もがもが) もっとほわほわとしたやり取りだったはずだったんですが、なんだかマルキオ邸の中でのいちゃつきぶり、みたいなお話に…。 二部完結です!御本からの悶えの結晶(もとい妄想…)ですが、 よ、よろしければお納めくださいませ〜 |