Re:birthday_4









キラは停戦後、クライン派頭『ラクス・クライン』と常に行動を共にしていたわけではなかった。
宇宙に上がり、存分に積もり積もった悲願を彼女のぬくもりの中で遂げた今日に至る道のりには、途中、長い別離期間を要したのである。
彼にとっては、両の手に載せられた宝物どちらも等しく大切で、大好きな少女ばかりを眺めているという訳にはいかなかったので、少女から一先ず離れたのであったが、やはり心配でもどかしく、恨めしい期間であったことは、身内のカガリに訊ねれば存分に証明されるであろう。
しかも事実上、停戦よりもう一年たつがこちら、ラクスとキラは、通信を除けばほとんど会っていなかったと言っても差し支えないような状況であった。
苛立ちが最高潮にたってしていても、苦笑にとどめる程度で、誰も咎める者は存在しないであろう。




一応は死の光が消えた宇宙であったが、地上は今だ小さな内紛が各地に残る。
キラの、技術面での有能さは一先ず置いて、情勢は彼のMSパイロットとしての能力をこそ望んだし、オーブ国主であるカガリからの、こちらがいたたまれるような申し訳なさそうな要請もあって――――キラは、会談のためプラントに一時滞在していたラクスからしぶしぶ離れ、AA、宇宙に上がってきていたオーブ軍艦とともに地球降下した。
そして、ラクスと離れた空白期間に、最低限残存していたオーブ艦隊と、地球から逃げ遅れ、身の置き所が無かったザフト軍と、肩を並べて、市民の暴動・混乱の火消しに回った。
ザフト軍とオーブ軍の共同戦線は―――首脳同士が和解したとはいえ、つい先ごろまでかつては刃を交えていたのだ。プログラミングしなおせば事済むメカとは違い、人間はそう簡単に意識変革できるはずもない。
当初は、戦艦を並べながらも互いに対し嫌悪感を内在させた兵士も多く、一発触発の状況が続いたものの、各軍の責任者同士がそういった感情を率先して割り切り、なんとか呼吸を合わせた。

とはいえ、キラは制圧作戦の大半、ストライクフリーダムに搭乗し、ただ紛争空域を旋回しているだけだった。
しかしこれが、キラが降下要請された理由の一つであった。
フリーダムといえば、大戦の英雄であると同時に、敵対するものにとっては恐れの対象だ。戦士は情報として、戦闘教材として、シン・アスカがかつて分析を行ったように研究対象でもあるため、機体は広く知られ渡っており、上空にフリーダムがただ旋回しているだけで暴動をやめる者も存在するのだ。キラはそのたびに、暗澹たる思いに沈むのだが、それでも引き金を引かず穏便に済むのであれば、この巨大な力もまだ少しは使えるではないか、と思いはするが、やはり複雑というのが本音であった。
無論、おくびにも出さず彼は淡々と行動していたが。

キラが人気者を演じ、暴動地区空域を旋回していたところに、オーブ軍戦艦、若狭から音声メッセージが入った。
<ヤマト准将。東地区の暴動は、おおよそ鎮圧されました。地上部隊の功労ですな。我々は、航空しているだけで済む。偏に、准将のお力でしょう>
「…ありがとう。ですが、作戦あってこその結果ですから、一兵士の僕の力なんてあまり関係ありませんよ」
悪意はないのであろう。それは理解できるのだが、軍においては名誉とされる武勲をなんとも思わぬキラは、無神経さをそこに感じずにはいられなかった。
<我々はこのまま、オーブ軍基地への帰還します。フリーダム機も、若狭後尾につき、警戒をしつつ帰還せよ、との命令です。今回共同戦線にあたったザフト軍艦に対しては、別艦が残り、打ち合わせにあたります>
「了解」
端的に通信を終わらせ、キラはふと煙上がる西地区を一瞥すると、湧き上がる空しさを押さえ、若狭の後尾へつくため、機体減速を図った。
戦争は、人々の平穏を破壊し、人までも変えてしまう。かつてキラがそうであったように、狂ったように暴動する彼らを、今回は狂わなかったキラが制圧している。
戦争は、終わっても尚、続いていく。キラはこういうとき、人一人のたかが知れる力量を弁えながらも、自責の念に駆られずにはいられなかった。
それは戦場で人を殺めた一瞬、その後から始まる、戦士としての責務であった。


**

いよいよ、オーブ軍とストライクフリーダムはオーブ領空へと達していた。
キラは、間一髪亡国の危機から救われた母国を見下ろした。
激しい戦争により再度荒れ果てたオーブだが、キラが街を見渡しても、人々の目まで荒廃していなかった。一度国を復興させた彼らの意地が、再び燃え上がり煌いている。
中にはもうだめだと泣き出すものもいる。
だがそれで終わりはしない。
彼らは必死に、彼らは過去を取り戻そうと努力していた。肩をかし、倒れたものを起こし、立ち上がる。
そして、覚束ないながら、また歩き始めるのだ。頼りないことこの上ないが、優しさと一度、嫌というほどの後悔と辛酸を舐め、涙したものだけがもつ頼もしさだけを武器に。
彼らを見ていると思う。
歩き続ける限り、大地が・海がある限りは終点はない。突き当たりはしない、苦しくても苦しくても、どこまでも駆け抜けていけるのだと。

「希望を…希望さえ、なんとか持てれば、たとえ悩んでいても、苦しくても。生きていくだけの理由にはなる」
キラは前大戦後、戦争後遺症により心理的な閉塞状態に会ったとき、孤児院で2年。親を失うという悲しみを味わってもなお、輝きを失わぬ子供達の無邪気な笑顔をみて。
そしてある日、手折るのを恐れてか根までわざわざ掘り下げて残した草花を、泥だらけの手でキラに精一杯の日ごろの感謝を示した少女の純粋さに。
世界はまだ終わっていないのだと、キラは、どうでもいい優しさに感動して、涙が流した。
以前の彼ならば、これほど些細な事で涙腺を緩ませたりはしなかっただろう。
だが彼は気づいたのだ。
空気のようにあった、人の優しさが、どれほど自分を救ったのか。どれほど、尊かったのか。
ああ、この世にはこんなに優しい人たちがたくさんいると、そう心の底から実感したのであった。
キラはその日以来優しく、愛しい人たちと一緒に生きていくことを決めた。
たくさん悲しみもあったけれど、それでも諦められるほど、世界は醜くはなかったし、なによりも一人きりで突っ張った彼女の、どこか寂しそうな笑顔があった。
キラといてもみんなといても、悲しさを秘めた蒼い蒼い瞳。

「今は、少しくらい笑ってくれてるかな…」
そうであるといいなぁ。
キラはヘルメット越しに掻けぬ頭をかいて、苦笑して彼女の姿を思い描くと、宇宙には、お仕事をきちんと終わらせてからきてくださいね、と少し怒っていた。
慌てて操縦桿を握りなおし、オーブ基地へ向かい空と風を切りながら駆け抜ける。

オーブの、みんなの。少しでも希望の手伝いの助けになればいいな。
しばらく、なんとかしなきゃね。
小難しいことを捏ねてみても結果行き着くキラの行動原理は、目下そんなところである。
アスランが聞けば呆れ、カガリが聞けば笑い、そしてラクスが聞けば、ちょっと微笑んでくれるだろう。

<ピピッ>
「ん」
通信アラートが鳴り、伝文が画面表示される。
オーブ代表、側近中の側近である、キサカ一佐から直々の、オーブ降下命令であった。
これにはキラも、目を剥いた。
「何で元首補佐官のキサカさんが、命令なんて出してるんだ」


* *


「ごくろうさま。キラくん」
基地に着陸し、機体から降りるキラを出迎えたのは、キラにしてみれば些か意外な人物であった。
色黒の肌、軍服を包んでも尚主張するほど鍛え抜かれた肉体を持った精悍な軍人が、こちらを見上げている。
「キサカさん」
「いや…ヤマト准将が、的確か?」
顎に手を沿え、思考するキサカに苦笑してやめてくださいよ、とキラは返す。
「僕は一応は正式軍人とはいっても、あれは緊急事態だったからで…」
「カガリ様の代理として、宇宙に出向き、戦場を駆ったエースとしては妥当な階位だと思うしがな。なによりオーブのために戦ってくれた。正式であろうとなかろうと、オーブの一員であることは構わんよ」
落下距離を端折って、キラはコンクリートに飛び降りる。綺麗に着地して、キラはパイロットスーツの首元を緩めた。安全のためとはいえ、この喉を絞める圧迫感はいつまでたっても、どうも好きにはなれそうにない。
キラは先ほど生じた疑問を解決しようと、口を開いた。
「どうしてキサカさん…あ、いや、キサカ一佐が、ここに?」
本来ならば、カガリの補佐として常時控えるはずのキサカが、カガリの傍を離れてまで基地に出向いてくるとなれば、よからぬ事態でも発生したのではないかとキラは不安がったのである。
既に用意された回答であったのだろう、お見通しの様子で迅速に応答した。
「カガリ様の使いだ。他にも、技術部長から予算の相談を受けてはきたが…君には、伝言を伝えにきた」
「伝言?」
キラはそれとなくキサカが更衣室へと好意で足を向けてくれたため、ほっとしながら
肩を並べて歩き始める。
パイロットスーツの内部は蒸す上に、汗をかくので気持ちが悪い。着替えたいというキラの心情を、汲んでくれたのであろう。
指揮官たるものまず、実働部隊…部下の士気を保持、並び平静を維持させることが勝機を見出す条件としてまず、必要不可欠である。
さすがに、現場で指揮をも執った人間だけあり目線も細やかだ。自分勝手に命令を優先させたりはしない。用件は、さほど緊急を要さないのだろうかとも思ったが、たとえそうであってもキサカは同じように気配るに違いないと、キラはそれなりの付き合いから想像がついた。
上官の余裕は、兵士の心理的余裕に繋がる。あまりに基本的なことと指摘されればそれまでであるが、かつて地球軍に在籍し、無能な上官に翻弄された立場であったから、キラはその軽視しがちな基本を上官が忘れぬ難しさは、身にしみて理解している。

「まあ、大したことではないがな」
ドッグから廊下への連結口前までくると、キサカはわざとらしく明るく声を上げて元いたドッグ方向へと身を反転させキラの肩を叩いた去り際に、
<伊号201型まで>
口、唇、顎の一切不動のまま耳打ちされた言葉に、キラは1ミリほど口端を持ちあげ
「はぁい。分かりました〜」
ひらひらと手を軽薄にひらめかせて、ドッグを抜けた。
ヘルメットを小脇に抱え、自然、足早に更衣室へと向かう。キサカを待たせては悪い、という思いと、オーブ、プラント間で行われている開合は、キサカの表情から見るに頓着も決裂もしていないという安堵感からもたらされる、ある期待がキラを自然とそうさせた。

宇宙へ上がれる日が、近いかもしれない。
それはつまり、彼女に、ラクス・クラインに今度こそ『きちん』と再会できるかもしれないということだ。