夕飯を終え、そそくさとラクスを伴って引き揚げたのは、長居するのは子供たちのお陰で、甚だ不本意だがしょうがないと息巻きながらも、なんだかんだでどこか面白くないが――――――ともあれ、事実上久方ぶりとなってしまっている彼女の部屋である。
キラはまんじりと、自分の腕中で毛糸を転がしては編み、転がしては編みを猫がじゃれつくみたいに、いとも容易く小さめのマフラーをごろごろ生産していくラクスにごねる子供のように、彼女の髪とじゃれついていた。マフラーを唐突に編み始めた経緯としては彼女曰く、「子供達が寒そうにしていたから」だそうで。母と昼頃にこっそりと出かけていたのは毛糸を購入していたのだと、置いてきぼりを食わされたキラは後から聞かされた。(とはいえ、キラはオーブから回される仕事を片付けていたのだが)僕のマフラーといえば、クリスマスに夜マルキオ導師も子供たちも母さんも寝静まった頃にこっそりと手渡されたことが思い当たるのだけれども、あれからもう数ヶ月は経つ。別に、いや多分、たかがマフラー、しかも子供たちにジェラシーを抱いたという訳でもないのだが、そのはずなのだが、僕以外のためのものに折角二人きりの空間で、僕がこんなにも甘えたいとオーラを放っているというのに勘付かぬほどにまで熱中してしまうだなんて、なんとなく控えめに思慮してみても良い気分はしないなあ。
などとぼやき始めてしまったら僕はラクスに呆れられてしまうだろうか。
髪にぽふりと鼻を埋めながら、細い背中を邪魔になるからとの配慮で抱きしめることもできずただ膝を立てた足の合間に閉じ込めることしかできぬキラは、満たされない不満を少しでも回収しようと、行き場をなくした腕をカーペットについて彼女の表情を窺った。
「ラクスー。寒くないの?」
「キラの湯たんぽで背中は温かいですよ?」
カチカチ。疑問系のまま、返答しようとすれば断続的に続く、網目を性格に綴る二本の棒に切れる会話。タイミングを失い、微笑を湛えようとしたところで薄れ真顔になるキラ。一定のリズムでカチカチと接触音を鳴らす。正確に編みこまれていく白の毛糸は綻びも無く、手馴れた様子は令嬢然とした彼女の風貌に准えれば様になる。なんともなしに彼女の薄墨桜の髪に指櫛入れ、末端まで滑り降ろせば以前よりも出口は遠くて、ぽつりとキラはやや驚きを持って口にした。
「…ラクス、髪伸びたねー」
カチカチ。
「そうですか?先日少しだけ切ってはみたのですが」
カチカチ。
「っ………………」
リフレインである。
タイミングを失い、またもや訪れる半強制的な沈黙にキラは些か顔を苦笑させて、とはいえ内心は向ける矛先のない怒気を持て余した真顔。いい加減憎悪すら沸いてくるのが末恐ろしいしバカじゃないのかと我ながら自覚してしまう所こそが実は真の泣き所なのだが、しかしこの苛立ちのまま、思うままに、がばりと彼女を閉じ込めて瞳につまんない毛糸なんか映すんじゃなくて、いっそ僕僕僕と視界に埋め尽くして抱きこんじゃいとか思う僕は…さながら独占欲の権化?
「ラクス」
「うー……なんですか」
少し険を潜めて唸るラクス。網目が絡まってきたらしく、なにやらぐるぐると棒を横にしたり縦にしたりと団子部分の解明に躍起になっている。
カチカチカチ。
再開される接触音に、キラの堪える風の表情に一筋罅が入る。まだ来ますかその音は。
カチカチカチカチ。
ぶちんと何かが頭の中で――いや、理性という名の我侭だったのかもしれないが、彼女の長い後ろ髪の簾を軽くいなし、一声クラクション代わりに耳もとで無意識下の低音を発すると、耳たぶを軽く唇で挟み込んだ。ついでに赤い舌で舐めることもする。
「…あんまり寂しいから、僕そろそろ狼になっちゃうよ?」
言うなり彼は弾けた笑顔を浮かべて、自分本位な願望どおりラクスのしなやかな肢体を、膝で挟み込んでまで鬱憤とばかりに思いっきり抱きしめた。
「きゃあ!?キ、キラぁ?」
あがる悲鳴というよりも声音は相手が解明されている理由から、驚愕。離すものかとさらに羽交い絞めるも、痛みを齎す寸でで絶妙に計算つくされた配分は、しかしながら拘束するには最も適したものである。うろたえる彼女はこれまた随分と幼くて、可愛らしいのだが、楽しみは最後まで取っておくから楽しみなのだとぐっと噛み殺してなるたけ冷たい素振りを表情に滲ませる。
僕は怒ってるはず僕は怒ってるはずと暗示をかける。
「寂しがってるのずーっと気付かない振りして、意地悪して。そんなに僕苛めて楽しい…?」
今日は満月らしいからねと今朝の天気予報を思い浮かべながら、あんなに熱視線を享受していた毛糸がラクスの手元からぽろり零れ落ちた瞬間を目の端にして、ざまあみろなんて吐き捨てた僕はやっぱり邪ですか。






/狼





>邪だと思います宇宙のチャンピオンキラ様!